イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


 発光点が、目的の場所を過ぎて、クライヴは目でアルフレッドに合図を送る。そのに準じて、アルフレッドは手にした火薬に着火した。その横では、アルフレッドが両手で縄を握りしめながら足を踏ん張り、縄の先はシェイディの腹に巻かれている。
 短くなっていく導火線を見計らい、アルフレッドはそれを穴に投げ入れるべく、大きく腕を振りかざした。
 
 三人が通り過ぎた後、後方に穴を広げて救出する。

 そんな予定だったのだがふいに発光点が、いままでと違う軌跡を描き出し事がわかり、クライヴはぎょっと目を見開いた。
 思わず手にしたモニターを取り落としそうになり、ギャロウズが慌てて受け止める。
「どうした?」
「拙いですね。」
「は?」
 ううむと冷静な面もちで、ギャロウズを振り返り『いいですか?』と指を示す。
「この点が先程とは、違う軌跡を描いていると言うことは、先頭がリーダー’sではなく、ジェットに変わった事を意味します。」
 それで?
 頭上に大きな?を浮かべたまま、ギャロウズはクライヴの言葉を待った。
「つまり、リーダー達が、主導権をジェットに譲った事になりますが、まぁ、ありえません。要するに、彼女達は疲労を感じて、ジェットに偵察させているとも考えられます。」
 なんとなく読めてきた…。
 脳天気なわりに、意外と良識派のギャロウズはその褐色の顔色を落とした。真っ青。
 ジジと鳴っていた音が、遠ざかる。

「彼女達は、この地面の下にいる可能性が高いですね。」

 己の論理を組み上げ、満足そうなクライヴの胸元をギャロウズが掴むと振り回す。

「リーダーが生き埋めになっちまうってことかよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「そうなりますね。」
「慌てろ!!!!!!!がくしゃぁあああ!!」

 ぽい。

 軽い空気を滑る音の次に来たものは、赤い火柱と地鳴りだった。

「ぎゃああああああ!!!!」
 ムンクの叫びの如きポーズをとるギャロウズと、おやおやと言いたげなクライヴ。下から、トッドの声がした。
「どうかしやしたかい?」
「いえ、リーダー達が生き埋めになってしまったかもしれませんねぇ。」
 沈着冷静なクライヴの言葉に、流石のトッドも動きを止める。
「じぇじぇじぇじぇ、ジェットさんは!?」
 再び、平常心を失いかけたアルフレッドにクライヴの冷静な答えが帰った。
「恐らく無事です。」
「なんだ、良かった。」大きく胸を撫で下ろす少年に、チームの面々は冷ややかな視線を送る。

 お前、姉はいいのか?

「ま、やっちゃったものはどうしようもありませんね。
後はリーダーの機転におまかせするとして、揺れが収まったら縄を降ろしてください。」
 これまた、冷静な対応にひとり喚くギャロウズの声が重なった。



 爆音と共に、地が揺れた。
ずずと地響きがして、ジェットは来た方向を振り返る。さっきの地鳴りはそちらから響いたものだ。距離的には、上部が震源地えはないかと察する事が出来たが、立っていられないほどの揺れに、思わず膝をつく。
 が、はっと顔色を変えた。この地盤の緩さでは、上部の振動は確実に落盤を起こさせるだろう。ならば…。

「ヴァージニア!」

 収まりつつある揺れになか、それでも足元は不安定だったが、ジェットは今来た道を、全力で戻り始めた。



「な、な、な、何。」
「し、し、し知らないわよ。」
 突然の揺れに、お互いに抱き付きながら、マヤとヴァージニアは辺りを見回した。手元にあったランプは、その揺れが始まってすぐに、火を消していた。
 真っ暗な闇の中で、不気味に地鳴りが続いている。まるで、周囲を取り囲まれたように響く音に、流石の脳天気大魔王のヴァージニアでさえ、唯ならぬものを感じて震えた。
「と、とにかく、ここにいちゃだめよ。」
 ヴァージニアは、自分に言い聞かせるように呟くと、四つん這いになりながら、匍匐前進もどきを試みた。マヤも、今回に限り憎まれ口は閉じたまま、それに従う。
 けれども、二人の行動を異変は待ってはくれなかった。『ず』という重厚な音が断続的に繰り返されると共に、洞窟の中に埃が混じる。
 拙いと、曲がりなりにも『渡り鳥』を生業としている二人の本能が告げた。動きを早めようとした刹那、空気が下に流れを変え、形のない何かに地に押しつけられる。頭上から、降り掛かってくるのは、もう音だけでは無かった。
 圧倒的なその力に身体が動かない。このまま、私死んじゃうの!?
 まだ、朝ご飯も食べてないのに!!

「そんなの、やだ! ジェット!!!」

 半泣きで叫んだヴァージニアの耳に返ってくる声がある。

「ヴァージニア!!」
 まるで、あれだ。
 この非常時にも係わらず、ヴァージニアはそう思う。
 きっと、ジェットに言ったら頬を染めてそっぽを向いてしまうだろうけれど。この登場の仕方は、(白馬に乗った王子さま)のようではないか。最も、白馬は自分の馬で、彼は『馬』という名の栗毛だけれど。
 空中で藻掻いていた両腕が確かな存在を掴み取る。足を蹴って、その胸元に抱き付いた。ジェットの片腕が背中に回されると、それだけで安心出来る。
「じぇっとぉ。」
 クスンと鳴らした鼻に、僅かな笑みと吐息が漏れたのを感じた。アクセラレイターによる重力が掛かり、ヴァージニアの足は地を離れた。


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